コロナ禍で考えるリスク管理

「さざ波」「笑笑」と言って、東京オリンピックの中止を求める人をからかう経済学者がいました。確かに、今年の前半までの日本での新型コロナの感染者数は欧米に比べるとかなり少ない状況でした。日本のコロナ対策が大げさすぎるとの批判もありました。

しかし、今年7月からの第5波では状況が変わりました。新型コロナの感染者数は、第4波までとは比較にならないぐらいに急増し、対人口比で見ても、欧米並み、あるいはそれを超える状況になりました。ここまで感染が拡大した要因としては、デルタ株の広がり、東京オリンピックで自粛が徹底できなかったこと、ワクチン接種の遅れ、などが指摘されています。いずれも、安易に原因と決めつけることはできず、今後の詳細な分析が必要でしょう。

その中で、欧米に比べて日本でのワクチン接種が遅れていることが問題となっています。ワクチンを開発したのがいずれも欧米の製薬メーカーだったため、日本では治験、承認が遅れ、接種を始めたのは数カ月も後になりました。さらに、本国に比べると日本への供給が後回しとなった感もあり、接種のスピードに供給が追い付かないという事態も起きました。

4月25日の時点で、1回でもワクチンを接種した人の割合は、日本が2~3%だったのに対し、イギリス52%、アメリカ45%でした。

ところが、最近になって状況が変わってきました。9月26日の時点で1回でもワクチンを接種した人の割合は、イギリス71%、アメリカ63%、日本68%となっています。2回接種した人の割合は、イギリス66%、アメリカ55%、日本56%となっており、いずれも日本がアメリカを追い抜きました。予約が取れないとか、ワクチンが足りない、などと言いながらも、日本はかなり急ピッチで接種を進めてきました。先行した国の方が、その後の進捗が鈍っています。どの国も、2回目の接種が50%を超えるとその後は伸びが鈍る傾向があり、日本もこれからが正念場なのかもしれません。

特に伸びが鈍いのがアメリカです。ワクチン開発メーカーが複数存在することもあり、スタートこそ早かったのですが、2回目接種が50%に近づいたあたりから接種のペースが急速にダウンしました。その理由の1つには、頑なに接種を拒んでいる人が少なくないことが挙げられます。「トランプ氏を支持しているのでワクチンの接種には反対だ」なんて、ちょっと日本では信じられないのですが、こう考える人が少なくないそうです。さらに、アメリカでは一時はものすごい勢いで感染者数や死者数が増えましたが、それが治まってからというのも、すっかり「アフターコロナ」のような雰囲気になっており、新型コロナに対する危機感が薄らいでしまいました。人手不足や物価上昇が心配されるぐらいの好景気が続いています。ワクチン接種に対する関心も薄れているのかもしれません。

ひるがえって、日本はどうでしょうか?このままのペースでワクチン接種が伸びていくのか、それともペースダウンしてしまうのでしょうか。新型コロナに対して集団免疫ができるのは、デルタ株が浸透してからは、80~90%になっているとの見方もあります。

まずは、このままのペースで伸びていく要因です。しばしば若者の接種率が低いことが問題視されています。しかしそれは、今までは接種したくてもできなかったからだということは、渋谷での行列騒動で明らかになりました。日中は仕事もありますし、翌日に副反応で体調がすぐれないことを考えると、土曜日しか予約できないという人も少なくないでしょう。このような人は予約さえできれば接種をするはずです。さらに、日本人は横並び意識が強いことを踏まえると、かなり高い水準まで接種が進むのではないかと思います。接種割合が70%を超えると、接種しない人が非常識に見られ(今のマスクをしないで出歩くようなイメージ)、拒否しにくい雰囲気になるのではないでしょうか。スポーツや音楽イベントで接種証明が必要になると、若者でもかなり高くなるはずです。

逆に、接種率が伸び悩む要因もあります。日本人は諸外国に比べて、ワクチン接種に積極的ではない傾向があるようです。そもそも、日本の製薬メーカーがいまだにワクチンを開発できていないのも、今までワクチンを手掛けてこなかったからだそうです。欧米では高い接種率である子宮頸がんワクチンが推奨されなくなるなど、日本人の性質なのか、厚労省の体質なのか、ワクチン接種には慎重な姿勢です。

ワクチンの接種には副反応(副作用)というリスクがあります。確率は低いものの、まれに重症化するリスクもあるということです。一方、ワクチン接種をしないと、病気になり重症化するリスクがあります。ワクチンを接種するということは「病気になるリスクを避けるために、接種のリスクを受け入れる」ことです。ワクチン接種をしないのは「接種のリスクを避けるために、病気のリスクを受け入れる」ということです。どちらもリスクはあるのですが、どちらのリスクが、①可能性が高く、②影響が大きい(重症化する)か、という点が判断のポイントになります。研究者でもなければ、そのデータまではわかりませんので、感覚で判断してしまいがちです。

それでなくても、「リスク」は、実感として理解するのが難しい概念です。例えば、債券(企業などに一定期間お金を貸す)の格付けで「BBB」は、5年後の倒産確率が1.5%程度となっています。100万円の社債は、1.5%の確立で0円になってしまいますが、98.5%の確率では100万円+金利が戻ってきます。ひとたび事が起きると大損害ですが、何もなければ影響はなく、その中間がない、どちらかなのです。「BBB」であるソフトバンクの社債は金利が高いと人気ですが、どう感じますか?(感じ方は人によって違います。)

リスクを避けるために備えておくのが、生命保険や損害保険などの「保険」です。万が一の場合(死亡や病気、事故)に大金が必要になるので、事前に少しずつお金(保険料)を払っておくわけです。お金を払うのは負担ですが、万が一の際の負担を減らすために、今の小さな負担を受け入れているのです。

「日本人は保険好き」とも言われるぐらいで、ほとんどの家庭で何らかの保険に加入しています。そう考えると、ワクチン接種も進むのでしょうか?

2021.9.26記

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