周波数の割り当て
今年のノーベル経済学賞は、アメリカの経済学者のロバート・ウィルソンとポール・ミルグロムに与えられました。受賞の理由は「オークション(入札)の制度設計への貢献」です。1990年代にアメリカで電波の周波数の割り当てに用いられて以来、今では多くの国で携帯電話の電波割り当てに活用されています。先進国でいまだに導入していないのは、日本だけです。日本では今でも総務省が審査をして割り当てを決めています。オークション(入札)をすれば、数兆円単位の収入が得られるのに、です。
このために日本の携帯料金が高くなっているというわけではありません。オークションをして携帯事業者が入札価格を払うことになれば、むしろ料金の上昇要因です。ただ、総務省の審査で周波数帯を割り当てているような〝体質〟が、料金高止まりの要因になっているということは言えるでしょう。
有利な周波数帯が割り当てられるかどうかは、事業者が存続していけるかを左右するほど大きな問題です。日本では、通信設備を持つ携帯事業者が3社しかなく、そのために価格競争が起こりにくく、なかなか料金が下がらないとされていますが、それもこの周波数帯の割り当てが影響しています。新規に参入しようとしても、有利な周波数帯の割り当てを受けるのが至難の業なのです。
以前も価格破壊に挑戦した新規参入の事業者がいました。ソフトバンクです。ところが今は積極的に値下げをする意向がなく、そのために価格競争は起きません。その経緯を見ると、日本の携帯電話の状況がわかります。
インターネット接続で通信事業に乗り出したソフトバンクは、2004年に携帯電話に参入しようとしました。しかし、その時の周波数帯の割り当てでは既存の携帯事業者であるNTTドコモとKDDIが選ばれ、新規参入をすることができませんでした。ソフトバンクは行政訴訟まで起こしましたが、事態は進展せず、やむなく、当時日本で携帯電話事業を行っていたボーダーフォンから事業を買収して携帯電話事業に参入しました。その後も第4の携帯事業者であったイー・アクセスを買収するなどして、周波数帯の割り当てを増やして現在の地位を手に入れています。かつてはかなり総務省とやり合ったのですが、有利な周波数帯の割り当てを受けられなければ不利益を被ってしまいます。いつしかソフトバンクは、消費者ではなく総務省の方を向くようになり、価格競争を仕掛けることもなくなりました。
今、楽天が第4の携帯事業者として新規参入しようとしています。月額2,980円という低価格(しかも1年間は無料キャンペーン)で、携帯料金の価格破壊に挑戦しています。楽天は周波数帯の割り当てを受けることはできましたが、通信エリアが狭い周波数帯です。まだ基地局が少ないため、使えるエリアが狭く、無料キャンペーンを実施しているものの、苦戦している状況です。携帯電話料金が下がるかどうかのポイントの1つは、楽天が事業を伸ばし、価格破壊を続けられるかにかかっていると言ってよいでしょう。
MNOとMVNO
携帯電話事業を行っているのは、上記の4社だけではありません。格安携帯電話会社があります。格安携帯電話会社(MVNO)は、通信基地局などの設備を持たず、大手携帯電話会社(MNO)から設備を借りて事業を行っています。Mineo、ONCモバイルone、IIJmio、BIGLOBモバイルなど多くの事業者があります。
- Y!モバイルはソフトバンクの、UQモバイルはKDDI(au)の第2ブランドです。MVNOではありませんが、MVNOに対抗するために設けられた格安ブランドです。
- 楽天モバイルは、MVNOとしてスタートし、周波数帯の割り当てを受けて、2020年4月に大手携帯電話会社(MNO)となりました。まだ基地局が少ないので、自社の回線と他社から借りた回線を併用しています。
格安携帯電話会社(MVNO)は、大手携帯電話会社から回線や基地局を借りていますので、料金はその使用料に依存することになります。データ回線についてはかなり安いものの、音声回線は安くないようです。多数の基地局や大規模な通信設備を持つ必要がありませんので、小規模でも運営することができます。そのため、大手のように莫大な広告宣伝費をかける必要がなく、コストを抑えることができます。
利用料は大手携帯電話会社と比べると、2~3割引きから半額ぐらいまで安くなっています。大手携帯電話の通信回線を利用していますので、つながりにくいという心配もありません。その代わり、携帯ショップは少なく、いざというときに相談できる窓口がないのが難点です。
現在、携帯電話のうち、MVNOのシェアは14%、Y!モバイルを含めると20%ぐらいです。格安携帯電話の中で、Y!モバイルはMVNOほどには安くありませんが、ショップが多く、ソフトバンクが運営しているという安心感があります。ちなみに、私はau(KDDI)からY!モバイルに変えましたが、料金は2~3割程度下がりました。ショップは近くにあり、使い勝手は悪くありません。
目玉政策
菅首相は、目玉の政策として「携帯電話料金の引き下げ」を掲げています。上述したように、総務省は周波数帯の割り当てという権限を持っていますので、大手携帯電話会社(MNO)に圧力をかけますが、民間企業ですので、値下げを強要することはできません。事業者としても、「政府の要請で値下げしました」では、かえって批判を受けるかもしれませんし、株主代表訴訟を起こされかねません。
総務省が公表しているアクション・プランでは、①契約内容をわかりやすくする ②契約期間のしばりを排除して乗り換えしやすくする ③MVNOが払う回線使用料の引き下げ を掲げています。これらが実現できて、はたして携帯電話の料金が下がるのか? それには価格競争が起きることが必要ですが、格安携帯電話のシェア20%をどう考えるかがポイントになります。
「③MVNOが払う回線使用料の引き下げ」をすれば、大手との料金差が広がり、MVNOに乗り換える人は増えるでしょう。「①契約内容をわかりやすくする」ことで比較がしやすくなり、「②契約期間のしばりを排除して乗り換えしやすくする」ようになれば、気軽に乗り換えができるようになります。しかし、今でもMVNOは大手に比べて安い料金であり、その気になれば、携帯料金をかなり安くすることができます。ところが、「他社に乗り換える手続きが面倒」「身近に店舗がないと不安」という理由などで、安い携帯電話会社を選び人はそれほど多くはないのです。
需要の価格弾力性
消費者は価格だけで選ぶわけではありません。サービスの質、安心感などさまざまな要素があり、その差を料金の差と比べて商品を選択します。価格が下がると需要がどれくらい増えるかを「需要の価格弾力性」といいますが、携帯電話はそれほど需要の価格弾力性が大きくないのかもしれません。(料金の値下げをしてもそれほど乗り換えが増えない。)
需要の価格弾力性が大きければ、顧客を獲得するために激しい価格競争が起きていたはずです。おそらく、ソフトバンクも当初は安い料金で顧客を集めようとしたものの、料金を下げたほどには効果がなく、価格競争を止めてしまったのでしょう。
家計診断をしていてもそのことはわかります。毎日の買い物では節約を心開けているのに、定期的に銀行口座から引き落とされる料金には無頓着な人が少なくありません。すっかり行かなくなったスポーツクラブの料金を払い続けている人もいます。家計への影響では、毎日の買い物で少しの節約をするよりも、定期引き落としの支払いを見直す方が効果は高いのですが。。。
菅首相の下、総務省は、大手携帯会社に対して値下げの要求を強めるでしょう。大手携帯会社も全く無視するわけにもいきませんので、大容量契約を中心に少しは見直すでしょうが、多くの人の料金が半額になるような引き下げはないでしょう。
ただ、その気になりさえすれば、今の時点でも料金を引き下げることはできます。そして、携帯の乗り換えは、料金プランを調べたり、契約手続きをしたりと、確かに面倒ではありますが、一度手続きをすれば、その効果はずっと続きます。政府の圧力を待つのではなく、自分から契約の見直しを検討したいものです。
2020.11.30記

