火災保険というと、「火事に対する備え」というイメージだと思いますが、実際は火事での保険金支払いはそれほど多くはありません。直近3年間の平均では、火災保険の保険金支払いにおける、火災(落雷、破裂・爆発を含む)の割合は10%程度です。逆に70%を占めるのが、水災や風災、雪災などの自然災害です。火災保険=自然災害保険と言った方がよいでしょう。
自然災害に備える保険ですから、自然災害の発生リスクに応じて保険料が異なります。火災は地域によってそれほど違いはありませんが、自然災害は水災、風災、雪災が中心ですので、地域によって発生確率に違いがあると考えられます。ただ、その地域を詳細に分けてはおらず、現在は都道府県単位での区分になっています。台風が多い都道府県は保険料が高く、少ない都道府県は安くなっています。火災保険の保険料は、損害保険会社が独自に決めていますが、その〝基〟となっているのは、損害保険料率算出機構が決めた保険料率です。損害保険料率算出機構は、保険業界で設立した組織で、各損害保険はここが算定した保険料率に自社の経費を乗せて保険料を決めています。つまり、保険料の違いは、各社の経費による差だけで、基はみな同じなのです。自動車保険が車種ごとに細かく分かれているのに、火災保険は都道府県単位で均一の保険料になっているのは、損害保険料率算出機構がこのように算出しているためです。ちなみに、生命保険は各社が独自で保険料率を算出していますので、商品の内容も各社ばらばらです。
金融庁の有識者会議が昨年(2022年)の3月に「市区町村別にリスクを反映すべきだ」との報告書をまとめたのを受けて、今年から損害保険料率算出機構は市区町村単位で保険料率を算出することにしました。まだ公表はされていませんが、リスクを5段階のランクに分けて、市区町村ごとにどのランクに該当するのかを公表することになります。それを受けて損害保険各社は来年度(2024年度)から市区町村別で保険料を決めることになります。来年から同じ都道府県でも保険料が違ってくることになります。
これで、自然災害のリスクが高い市区町村は保険料が高く、低い市区町村は保険料が安くなります。都道府県単位だったのに比べると、より的確にリスクを反映することになります。しかし、それでも市区町村単位であり、どれほど的確に反映しているかというと、心許ない気がします。例えば横浜市で言えば、過去に何度も氾濫している鶴見川沿岸地域と、大きな河川のない高台の地域で、保険料は同じです。
ということは、河川に近い地域に住んでいる人はそのリスクに対して保険料が割安で、リスクが低い地域に住んでいる人は割高であるということになります。その結果、リスクの低い地域に住んでいる人では、水災の補償をつけない人が多くなり、そのために全体の保険料が高くなる傾向があります。保険料を大雑把に決めると、元々リスクが小さい人だけでなく、加入者全体が割高な保険料を支払うことになってしまうのです。今回、市区町村単位になったことで、以前の都道府県単位だったのに比べると、より適切な保険料になりますが、それでもまだ、その家のリスクを反映しているかというと、少々大雑把と言えそうです。市区町村どころか、同じ町内でも高台と坂の下ではかなりリスクは違います。
実は大手損保会社は、自治体のハザードマップのデータも活用して、かなり詳細な地域でリスクを把握しています。しかしそのデータを保険料の算定には使っていません。詳細な地域でのリスクに応じた火災保険を開発すれば、売れると思いますし、それによって保険料は抑えられるはずです。それをすると、業界の秩序を乱してしまうからなのでしょうか?独自のデータを持つ大手ですら、損害保険料率算出機構が出した保険料率を使って保険料を決めています。
一方、各社独自の動きもあります。東京海上日動火災保険はこのたび、築年数が古い住宅を対象に火災保険への加入審査を厳しくすることにしました。通常、火災保険の加入を申し込むと、保険代理店が対象物件を実際に見て確認することになっていました。壁のひび割れや屋根のはがれなどの経年劣化による傷みを確認して加入審査をするためです。ところが実際には、現地調査はほとんど行われていないのが現状でした。保険代理店は1件でも多く契約したいので、チェックがおざなりになっていたのです。東京海上日動火災保険では、築50年を超える物件の新規加入に限って、対象物件の写真を地域の支社長がチェックして加入条件を決めることとしました。劣化状況によっては、保険料の上乗せや免責金額の設定がなされます。これによってリスクに応じた保険料を設定でき、全体の保険料が割高になることを防ぐことができます。
「リスクに応じた保険料」という面以外に、もう1つ理由があります。不正請求への対策です。「火災保険を使うと無料で屋根の修理ができます」と言って勧誘している悪徳業者が少なくないのです。経年劣化による屋根のはがれを台風の被害にして保険金請求をするようにそそのかすのです。もちろんこれは不正です。業者も処罰を受けますが、そそのかされて申請をしてしまった人も詐欺罪に該当します。損害保険業界としても対策に乗り出してはいますが、証拠がないだけに保険金が支払われているケースもあるようです。データはありませんので、どの程度かはわかりませんが、保険金請求の一定割合は不正請求と思われます。保険料は、保険金支払いの実績から算出されていますので、その分だけ保険料が高くなっていることは考えられます。
東京海上日動火災保険が加入審査で写真をチェックすることにしたのは、対象物件の経年劣化の状態を把握するだけでなく、加入時の状態を証拠写真として保存しておくためでしょう。保険金請求があった際の写真と比べて、不正請求を見つけ出そうとしていると考えられます。対象を築50年以上の新規加入に絞っているのは、不正請求のために保険に加入する人がいるからでしょう。すでに加入している人については、契約更新の際に写真を審査することはありません。築年数の浅い物件も対象にするなど、各社がもっと加入審査を厳しくすると、保険金支払いが抑えられ、全体の保険料が下がるのではないでしょうか。
近年は、「地球温暖化によって自然災害が増えている」と言われます。確かに数十年単位でみると増加傾向ではありますが、ここ数年で言えば、2018年以降は大幅に減少が続いています。損害保険料率算出機構は過去数年の保険金支払いの実績をもとに保険料率を算出しています。保険金支払いが減っているのであれば、それに伴って保険料は低下していくはずです。しかし今のところ、各社は来年(2024年)も1割程度の値上げをすることが見込まれています。
今見てきたように、自然災害のリスクが低い地域の物件にとって火災保険は、2つの面で保険料が割高になっていると言えます。1つは、今回改善されるとはいえ、まだ広い地域で保険料が均一であること。もう1つは、保険金支払いの中に不正請求が含まれていることが考えられることです。
火災については地域によってリスクに違いがあるわけではありません。しかし自然災害は地域の状況による違いが小さくありません。ご自宅がリスクの低い地域であれば、火災保険の補償内容を絞って加入するとよいでしょう。大手では補償内容を削れないことが多いのですが、損保会社によっては水災の補償をなくしてしまうこともできます。水災のリスクが高いかどうかは、自治体のハザードパップで確認ができます。
あるいは、そもそも火災保険に加入しないという選択肢もあります。火災保険のうち、火災による保険金支払いが1割程度であることを考えると、築年数によっては火災保険の加入は必須とも言えないでしょう。
ただし、近年の水災は河川の氾濫だけでなく、「内水氾濫」もあり、注意が必要です。内水氾濫は、大雨の際に下水道から水があふれてしまう水害です。近隣に河川がなくても洪水が起きる可能性があるということです。内水氾濫のハザードマップを作製している自治体もありますが、まだ全国の1割程度です。
2023.6.28記

