政府の方針を決めるために設けられた諮問機関「新しい資本主義実現会議」。2月15日に開催された会合で、岸田首相は「労働移動を円滑化するため、自己都合で離職した場合の失業給付のあり方の見直しを行う」と述べ、雇用保険の見直しに言及しました。
失業した場合の生活保障のために、会社員は雇用保険に加入するようになっています。退職後、次の就職先を探している間は、規定に基づき「基本手当」を受け取ることができます。これが一般に「失業保険」と言われているものです。ただ、自己都合退職の場合は、すぐにもらえるわけではなく、ハローワークで求職の手続きをしてから、2か月間は支給されません。それが労働移動を妨げているとして、見直しを検討すると言うのです。もともとは3ヶ月間だったのが、2年前に2ヶ月に短縮されたのですが、さらに短くするか、あるいはなくしてしまおうというわけです。どういうことなのか、詳しく見てみましょう。
この部分の制度変更に触れる前に、「失業保険」について見てみましょう。失業保険は、正式には「雇用保険」の「基本手当」という名称です。お勤めしている人は基本的に、雇用保険に加入しています。週20時間以上勤務している人であれば、アルバイトやパートであっても加入しています。保険料は労使折半で、本人負担分は給料から天引きされています。雇用保険に加入している人が退職し、次の仕事を探すためにハローワークで求職の手続きをすると、基本手当を受給する対象になります。対象になることができるのは、退職までの2年間の間に12ヶ月以上雇用保険に加入していた人です。
「失業」といっても、解雇や勤務先の倒産によって仕事を失った場合だけでなく、自ら退職した場合も、基本手当を受け取ることができます。ただし、ハローワークで求職の申し込みをしても、すぐに受給できるわけではありません。まず、7日間は「待期期間」といって、支給されません。解雇や勤務先の倒産の場合は、8日目からが給付の対象になります。4週間に1回の失業認定日にハローワークに赴き、失業していることの確認が必要になります。もちろん、その間に求職活動をしている必要があります。
一方、自己都合で退職した人は、7日間の待期期間の後、2か月間の給付制限期間があり、さらに待たされます。その間も就職活動をしている必要があり、その間に就職できてしまえば、基本手当はもらえません。(代わりに再就職手当がもらえる場合があります。)このように、退職の理由によって基本手当の給付に差が設けられています。
その理由は、やはり安易な退職を防ぐためです。解雇や勤務先の倒産であればやむを得ませんが、自分の希望で退職した場合は、自分の責任で転職活動を行うべきだというのは、一理ある考えです。お勤めしている人の保険料で賄われ、さらに税金も投入されているのですから、自分の意志で仕事を辞めた人に給付をすることは、納得がいかない人もいることでしょう。解雇や勤務先の倒産と自己都合退職で、給付の扱いに差があってもおかしくはありません。
今回、岸田首相(というより政府)が、この2か月間を短く、あるいはなくそうとしているのは、転職をしやすくするためです。日本は、欧米諸国に比べて、転職する人が少ないと言われています。このことは、日本経済が低迷を続ける要因にもなっています。ITの普及などで、求められている産業が変化しています。ところが、転職する人が少ないために、一方では人手不足、他方では過剰労働が共存している状況です。労働移動、つまり転職が活発になれば、衰退産業から成長産業への意図の移動がスムーズになります。昨今、リスキリング(学びなおし)が注目されていますが、転職がしやすい状況になってこそ、リスキリングの効果が出てきます。一人ひとりが成長産業に転職できれば、さらに日本経済の成長が著しくなるはずです。
海外では、オランダなどで失業者に対する公的支援が充実しているそうです。そのため、リスキリングをして、新しい産業に転職する人も多いそうです。もっとも、安易に転職や退職を繰り返す人も少なくないそうで、善かれ悪しかれという面はありそうです。
新型コロナの感染が始まってから、外食産業や観光業は大ダメージを受けました。2020年には休業する店舗が相次ぎました。お店が休業したら、それは事業主の都合による休業ですので、従業員には休業手当を払わなければなりません。金額は、通常の賃金の6割です。解雇にならないように、政府は雇用調整助成金で休業手当を払う事業主を援助しました。場合によっては、数百円の負担で休業手当を支払うことができるように助成金を出しました。コロナ禍での解雇や倒産も相次ぎましたが、従業員を解雇しないで乗り越えた企業も多くあります。その結果、IT関連や運送業(宅配)、介護業界など、人出が不足している分野への労働移動はそれほど進みませんでした。
2022年秋頃からは、コロナに感染してもそれほど重症化しなくなった安心感と、全国旅行支援などの支援策もあり、観光業を中心に急回復しました。外食にも人出が戻っています。外食産業や観光業では、コロナ前の8割程度まで売上が戻り、人出はむしろ足りないぐらいです。もし徹底的に解雇をしていたら、人手不足はより深刻なことになっていたでしょう。現にアメリカでは、コロナ後に人手不足が深刻になり、物価上昇を加速させています。コロナ対策として、失業手当を拡充したために、解雇された人がすぐに仕事に復帰しない傾向があることも指摘されています。
解雇された人への援助を手厚くしたアメリカと、企業にお金を出して失業を防いだ日本。どちらが良いのかは難しい問題です。日本のやり方は、「ゾンビ企業(衰退産業)を助けるだけ」と、経済学者などからの批判がありました。それに対して、失業を防いだことで回復時の対応がスムーズになったと称賛する指摘もあります。
自己都合退職の場合に、基本手当の給付制限期間をなくすことも、上記のアメリカのやり方と同じ面があります。労働移動を促す側面とともに、安易に退職して給付を受ける人を増やしてしまう面もぬぐえません。私もどちらが良いのか、はっきりと言えません。
ただし、転職をする人は、退職前に就職活動をしていることが多いので、給付制限期間をなくしても、それほど転職は増えないとの指摘もあります。また、年功序列の賃金体系が転職を妨げているとの指摘もあります。
いずれにしても日本では、雇用保険以外にも、転職をしづらい要因が多くありそうです。労働移動が活発でないのは、社会の安定にはつながっていますが、日本の経済成長が低い原因の一つにはなっていると言えそうです。
2023.2.27記

