すでに〝昨年〟になってしまいましたが、2022年のノーベル経済学賞を振り返り、その影響について考えてみたいと思います。
ノーベル経済学賞は、ノーベル賞の中で最後に発表されます。2022年は10月10日に、スウェーデン王立科学アカデミーより発表されました。元アメリカ連邦準備理事会(FRB)議長のベン・バーナンキ氏、シカゴ大学教授のダグラス・ダイヤモンド氏、セントルイス・ワシントン大学教授のフィリップ・ディビッグ氏の3人が受賞しました。授賞理由は「経済における銀行の役割への理解を深めた。それにより、金融市場への規制や金融危機への対処のしかたについて多くの示唆を与えた」というものです。
バーナンキ氏は数年前から受賞候補の1人に挙げられていましたので、順当な受賞と言えるかもしれません。日本の日銀総裁に相当する、連邦準備理事会(FRB)議長を務め、世界金融危機に対応しましたが、その手腕に対して選ばれたわけではありません。それ以前には、スタンフォード大学やプリンストン大学の教授で、1980年代に発表した金融危機についての研究が、受賞の理由です。
ダイヤモンド氏とディビッグ氏の業績
では、3人の業績を簡単に見てみましょう。(私が3人の論文を読んでいるわけではなく、3人の研究についての紹介記事や専門家の話を基にまとめています。)
ダイヤモンド氏とディビッグ氏は日本ではあまり有名ではありませんが、〝銀行の役割〟を明らかにした功績があります。銀行は、預金者から資金を預かり、企業に融資しています。銀行が誕生する前は、余裕資金のある人が、事業をする人に直接融資をしていたわけで、よく知っている、信頼のおける人でないと資金を貸すことはできませんでした。銀行がその間を取り持つことで、資金の貸し借りが活発になり、経済が発展しました。銀行は、一般の預金者に代わって、融資先を選び、融資した後も状況をチェックしています。銀行がモニタリングをしてくれているおかげで、一般の市民も安心して資金を預けることができるわけです。ところが、恐慌となり、取り付け騒ぎが起きると状況は一変します。預金者は銀行を信じられなくなり、預金を引き出しに走ります。すると銀行は融資を引き上げなければならなくなり、恐慌はさらに深刻に、そして長期化してしまいます。それを防ぐには、預金保険制度を整備し、万が一のことがあっても預金を引き出せなくなる心配がないようにしておくことが大切だとしています。
バーナンキ氏の研究の業績
この2人の理論を、1930年代にアメリカで起きた大恐慌に当てはめたのが、バーナンキ氏です。それまでは、アメリカで大恐慌が起きたのは、「当時の連邦準備理事会が、資金供給を渋り、市中で資金不足に陥ったためだ」とする見解が定説となっていました。バーナンキ氏は、「取り付け騒ぎと銀行の倒産で、それまで銀行が築いてきた取引先の情報と信頼関係が破壊されてしまったことで、不況が長期化した」と、新しい見解を示しました。平時には銀行がモニタリングをすることで、資金を借りられていた中小企業や農家が、まったく資金を得られなくなり、さらに不況が深刻化したというのです。
金融を司る実務家として
その後、2006年にバーナンキ氏は連邦準備理事会(FRB)議長に任命されました。ちょうどその頃、アメリカ経済に異変が起き始めていました。それまで一貫して上昇を続けていた不動産価格が下落し始め、住宅ローンの貸し倒れが増加していました。2007年にヨーロッパでファンドの凍結が公表され、アメリカのサブプライム・ローンの問題が明るみになりました。それまでの不動産価格の上昇で、安易な住宅ローンの貸し出しが増えていたのです。2008年になると、大手金融機関でも経営危機に陥るところが出てきました。バーナンキ氏は、アメリカの議会で金融機関を救済する必要性を訴えましたが、当初は議会の動きは鈍いものでした。ようやく「不良資産救済プログラム」が成立したのは、大手投資銀行のリーマン・ブラザーズが倒産した後のことでした。
バーナンキ氏と言えば、リーマン・ショック後に史上空前の規模で金融緩和を行い、大量の資金を市中に供給したことで知られています。2009年、2010年、2011年とQE(Quantitative Easing;量的緩和)と言われる大規模な資金供給を3回実施したことで、ようやく世界的な金融危機を乗り切ることができました。これは、バーナンキ氏が以前に提唱した理論というよりは、以前から言われていた金融恐慌の資金的な問題への対処法です。バーナンキ氏が提唱した「非貨幣的な影響」への対処法は、むしろ議会で述べていた金融機関の救済の方です。バーナンキ氏の中央銀行総裁としての手腕は、できることは何でもやって、金融機関を救い、不況の深刻化、長期化を防ぐという点に発揮されたといえるでしょう。
金融危機からの回復後
2011年頃からアメリカ経済は世界金融危機の後遺症を抜け、経済は再び成長軌道に乗り、バーナンキ氏は2014年に連邦準備理事会(FRB)議長を退任しました。世界的な金融危機を救ったと言えますが、いくつかの禍根も残しています。
1つは、連邦準備理事会(FRB)が大量の資金供給を行ったおかげで、資産規模が膨らんでしまった点です。金融危機を乗り切るために、お金を大量に印刷して市中にばらまいたわけで、その後の株価の上昇にもつながっています。危機が落ち着いたら資金を回収して正常化を図るべきとの声もありましたが、なかなか難しく、実施を始めたのは2018年になってからでした。しかも、2020年には新型コロナによるパンデミックが起き、連邦準備理事会(FRB)はさらに大量の資金供給を行っています。史上空前の規模の金融緩和が常態化しそうな状況です。今年も経済の見通しは不安定で、資金回収は簡単にはいかないでしょう。
もう1つは、アメリカの格差の問題です。2011年に若者を中心に「ウォール街を占拠せよ」運動が起きました。世界金融恐慌の原因は、金融機関による安易な融資の拡大です。そのツケが回って金融危機が起きたのに、政府や中央銀行が行ったのは大手金融機関の救済です。その結果、不況の長期化は免れましたが、再び株高で金融関係者が潤っている状況です。確かに、昨年のノーベル経済学賞の受賞者たちが述べたように、銀行を救うことで経済を救うことができ、それは多くの国民を救うことにつながります。しかし、あからさまな金融機関の救済は、苦境に陥っている人々の感情を逆なでするものです。不況を深刻化、長期化させないため、とは言っても、たびたび金融機関を救っていては、国民の納得を得られないでしょう。
2022年のノーベル経済学賞は、「経済における銀行の役割への理解を深めた。それにより、金融市場への規制や金融危機への対処のしかたについて多くの示唆を与えた」研究に与えられました。しかし、この研究が評価に値するものだったのかは、まだ今後を見ていく必要がありそうです。
2023.1.2記

