次の日銀総裁に経済学者の植田和男氏が選ばれました(国会承認は9日、10日)。副総裁である雨宮正佳氏と前の副総裁の中曾宏氏が本命・対抗と見られていましたが、大方の予想を裏切り、学者出身ははじめてのことになります。両氏が辞退したという話もありますが、岸田首相がアベノミクスを払拭したかったというのもあるのではないかと思います。もっとも海外では経済学者が中央銀行トップになることは珍しくありません。アメリカの前のFRB(中央準備理事会)議長のイエレン氏(今は財務長官)、その前のバーナンキ氏(1月号でご紹介したノーベル経済学賞受賞者)、そして欧州中央銀行の前の総裁のドラギ氏も経済学者です。私は、植田氏の論文や著書は読んだことがありませんので、どのような考えの方かはよく知りませんでした。ただ、「リフレ派」とか「反リフレ派」といったような明確な色分けがされている人ではありませんので、バランス感覚を持った方のようです。以前に日銀審議委員も務めていましたので、理論だけでなく実務にも詳しいでしょう。審議委員をしていた2000年に、少し景気が回復に向かってきたのでゼロ金利を解除することが検討された際に、植田氏は反対票を投じたことが語り草になっています。採決の結果、日銀はゼロ金利を解除(金利上昇)しましたが、その後に再び景気が悪くなり、「早すぎた」と批判を浴びました。
日銀は黒田総裁の下、「ゼロ金利政策」と「イールドカーブコントロール」を続けてきました。最近では弊害も指摘されるようになり、方針転換をするかどうかの岐路に立たされています。「ゼロ金利政策」は短期金利がゼロまたはマイナスとする政策で、金利がマイナスになるという異常事態が続けられています。「イールドカーブコントロール」は、長期金利を抑える政策です。市場で国債が売られると、長期金利は上昇します。そのため日銀は市場で売りに出された国債を買い支えています。すでに国債の半分以上を日銀が保有する状態になっており、これも異常事態です。
最近では物価上昇が進んできていますので、日銀が無理して金融緩和を続けるのがよいのか、批判も強くなっています。ただ、日銀が金融緩和を止めると、景気が冷え込んでしまうのではないかとの懸念もあり、難しいところです。
1月の消費者物価上昇率は4.3%にもなりました。日銀は2%になることを目標にしてきましたので、それ以上になっているのですが、先日の国会での所信聴取で植田氏は、今年は物価上昇率が下がるとして、金融緩和の継続の必要性を述べています。これが本心からなのか、それとも市場に不安を与えないようにするための方便なのかはわかりません。市場では総裁就任後、早々にイールドカーブコントロール(国債の買い支え)を止めるのではないか、との見方で疑心暗鬼になっています。もし、止めることになれば、金利はもちろん、株式市場にも影響が出るでしょう。相場の下落要因になります。
金融緩和をどうするかも問題ですが、植田氏にとって最大のリスクは、政治や国民との向き合い方ではないかと思っています。国会での所信聴取でも、「アベノミクスを承継するのか」、逆に「アベノミクスを総括するのか」との質問が出ています。それぞれ、賛成派反対派の議員からの質問で、言質を取られないように答えなければなりません。さらに、「日常生活で物価高騰を感じるか?」という質問もありましたが、コンビニ弁当が値上がりしていることを例に挙げて答えていました。ここで答えに詰まるようだと批判を受けることになってしまいます。昨年、黒田総裁が「家計の値上げ許容度も高まってきている」と述べて大批判を浴びました。実際に許容度が高まっているのかどうかは別として、「国民の大変さを理解している」という姿勢を示していなければなりません。植田氏は、日銀審議委員の頃に、プライベートで飲み歩いていたところを写真週刊誌にスクープされています。自分の金で楽しんでいるのですから悪いことをしているわけではないのですが、日銀総裁となると、世間の批判を浴びかねません。常に清廉潔白で、国民とともにあるというポーズも求められているのです。
政治家からの圧力も審議委員の比ではありません。学者らしく理詰めで進めようとすると、上げ足を取られることになりかねません。きちんと仕事をしていればよい、というわけにはいかないところが注目されるポストの難しいところです。
2023.3.9記

