賃貸アパート相続税の裁判から

相続税の節税対策として代表的なものに、不動産の活用が挙げられます。土地や建物は、相続税を計算するための評価額が低く、相続税が安くなる傾向があります。預貯金や株式などの金融資産と比べるとかなり低く評価されますので、相続税対策として不動産の購入を勧められることは少なくありません。きちんと法令に基づいた「節税」であれば、「脱税」とは違い、とがめられることもありません。

と思いきや、そうでもないようです。きちんと法令に基づいて「節税」をしたつもりなのに、税務署に「ダメ」と否認されて、高額な相続税を課されるケースがあります。今回は、昨年の最高裁の判例から、相続税対策について考えていきます。

相続税の額は、亡くなった人の財産に相続税の税率をかけて算出します。累進課税となっていますので、財産が多い人は相続税が高くなります。問題は、亡くなった人の財団が「いくら」であるのか、ということです。預貯金であれば、亡くなった日の残高を見ればわかります。株式は、亡くなった日の株価を基本に算出します。(亡くなった月、前月、前々月の平均株価のうち、低いものを使ってもよいことになっています。)

問題は不動産です。相続税法では、「相続(中略)により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により」評価する。としています。「取得の時」とは、その財産を「購入した時」ではなく(だとわかりやすいのですが)、「相続した時」ということです。相続したとはいっても、すぐに売却するわけでなければ、「時価」はわかりにくいです。不動産業者さんに聞くと「だいたい、このぐらいでしょう」というメドを教えてくれるかもしれませんが、感覚的なものにすぎません。実際に売却をする場合でも、買い手と売り手の状況で不動産の売買価格は大きく変わります。そこで国は、「時価」の算出方法を決めています。

  • 建物:固定資産税評価額とします。
    • 固定資産税評価額は、固定資産税を計算するための金額で、自治体が決めています。築年数にもよりますが、新築で建築費のおよそ7割程度とされています。
  • 土地:路線価とします。路線価がない場合は、固定資産税評価額を基に決めます。
    • 路線価は、道路ごとに土地の価格を調べて国税庁が定めた金額です。一般的な取引価格のおよそ8割程度とされています。

相続税が高いと批判を受けないように、実際の取引価格(時価)よりも2~3割低く決められます。これを見ただけでも、金融資産に比べて不動産は「節税」になることがわかります。同じ1億円でも、金融資産で持つよりも、そのお金で不動産を購入した方が、相続税評価額は安くなり、ということは相続税が安くなるということです。

さらに、その不動産を人に貸していると、評価額はもっと安くなります。人に貸している間は、自分の自由に使えない、ということで評価額が下がるのです。賃貸アパートを保有していると、その評価額は

  • 建物:固定資産税評価額-(固定資産税評価額×借家権割合)
    • 借家権割合は、部屋を借りている人の利用権を評価したもので、大家の持ち分としては、その分を差し引きます。3など、場所によって定められています。
  • 土地:路線価-(路線価×借地権割合×借家権割合)
    • 借地権割合は、土地を借りている人の利用権です。全国一律で3としています。
    • 賃貸アパートの場合、入居者は「借地権割合×借家権割合」の割合で土地の利用権を持っているとしています。大家(地主)の土地の持ち分は、入居者の持ち分を差し引いた金額となります。

具体例で見てみましょう。

  • 1億円の預金を持っている人がいます。今この人が亡くなり、相続税の税率が30%だとすると、相続税額は3,000万円となります。(他の要素は省きます。)
  • 金融機関から相続税対策を勧められ、1億円を借りて賃貸アパートを建築しました。
    • 1億円で土地を購入しました。
    • 1億円でアパートを建てました。
    • 幸いなことに、全室入居しました。
  • この方が亡くなり、相続税を計算します。借家権割合:3、借地権割合0.3とします。
    • 建物:(1億円×7割)-(1億円×7割×3)=4,900万円
    • 土地:(1億円×8割)-(1億円×8割×3×0.3)=7,280万円
    • 借入金はまだ9,000万円が残っています。
  • 賃貸アパートの相続税評価額は、4,900万円+7,280万円=1億2,180万円です。さらに、借金が残っていますので、その金額は差し引きます。
    1億2,180万円-9,000万円=3,180万円
    相続税の税率が同じ30%だとしても、相続税額は954万円となります。他の財産にもよりますが、課税対象額が低くなったことで、相続税の税率が下がれば、さらに安くなります。

相続税の税率が同じだったとしても、賃貸アパートを購入することで、相続税は2,000万円以上も少なくなりました。相続税対策では、賃貸アパートの購入はかなり有効です。実際、相続税を節税するために賃貸アパートを建築する人は少なくありません。大きな節税ができると思えば、アパート経営が多少うまくいかなくても構わないのです。

この例では、相続税が2,000万円も少なくなりましたが、「節税」ですので、「脱税」ではありません。国税庁が示した通達に基づいて、適法に行われていますので、税務署がとがめることもないはずです。ところが、昨年に決着した裁判では、国税庁の通達に基づいて行ったのに、それが否認される事例がありました。

2012年に94歳で亡くなった方の相続です。この方は(家族が主導してかもしれませんが、)相続の3年5ヶ月前に銀行から6億3,000万円を借りて、賃貸アパートを8億3,700万円で購入しました。さらにその1年後、亡くなる2年6ヶ月前には銀行から3億7,800万円を借りて5億5,000万円で賃貸アパートを購入しました。この方が亡くなり、相続税を計算すると、2つの不動産の相続税評価額は3億7,000万円となりました。銀行からの借入金約10億円を差し引くと評価額はマイナスとなり、相続税はかかりませんでした。もちろん、国税庁の通達に基づいた計算を行っていますので、脱税ではありません。相続の9ヶ月後には、遺族は5億5,000万円で購入した賃貸アパートを売却していました。売却価格は5億1,500万円でした。(相続税の申告をする前のことでした。)

3年後に税務署から、「この評価は認められないので、時価で計算して相続税を払いなさい」と言ってきました。税務署が言う評価額では、最初のアパートが7億5,400万円、2つ目のアパートが5億5,000万円で合計12億7,300万円。相続税は2億4,049万円でした。

遺族は納得しません。国税庁が示した計算方法で計算しているのですから、それがダメと言われても納得できません。遺族は、国税不服審判所、東京地方裁判所、東京高等裁判所、最高裁判所と4回も争いましたが、すべて敗訴となりました。国税庁の通達には、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」というものもあったからです。

国税庁が示す方法で計算したのに、それがダメとされ、国税庁の長官が後から指示する金額を払いなさい、というのも解せない面はあります。では、どう計算すればよいのか、と言いたくなりますが、これを踏まえて、私たちは対応しなければなりません。

「極端な節税策は、たとえ合法的なやり方であっても認められないことがある」

ということです。この事例では

  • 賃貸アパートを購入したのは、亡くなった方が90歳、91歳の時でした。節税対策と見られてもやむを得ません。
  • 2つのアパートのうち1つは、相続の9か月後に売却しています。これも相続対策として購入したということを示しています。
  • 対策の結果、不動産の実際の価格(時価)と相続税評価額にかなりの開きがあり、そのために相続税が大幅に軽減されています。

ということから、融資を受けて賃貸アパートを購入するという行為が、相続税を回避するためとみなされ、厳しい処分が下されたのでしょう。

これが例えば、ご本人が「資産を有効活用したいので、アパート経営をしたい」ということで購入したのでしたら問題とされなかったでしょう。「税金を少なくするため」という目的で、「大幅に税金が少なくなる」と、税務署は見過ごさないようです。

しばしばファイナンシャル・プランナーや金融機関が「脱税はいけませんが、節税は問題ありません」と節税策を紹介します。しかし、たとえ国税庁の通達に基づいたものであっても、極端な対策は認められない可能性があるということです。

2023.12.8記

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