住宅ローンの金利を考える

日本銀行は、7月27、28日に金融政策を決める「金融政策決定会合」を開き、金融政策を柔軟に運用すると決めました。事実上、金利上昇を容認することになります。

金利が上昇することを〝容認〟するということは、金利を無理に低くは抑えないということで、今後はある程度金利が上昇することも考えられます。実際、日本の10年国債の利回りは、8月3日の時点で0.650%と、決定会合前に比べて上昇してきています。

そうなると、住宅ローンの金利にも影響を与えそうです。8月の住宅ローンの適用金利を見ると(三菱UFJ銀行)、変動金利は変わりありませんが、長期の固定金利は少し上昇しています。フラット35の平均金利は上昇していません。

今回は、金融政策の仕組みを踏まえて、住宅ローンの金利の動向について考えてみます。

 

まずは、住宅ローンの金利がどのようにして決められているかを見ていきます。住宅ローンの金利は銀行ごとに独自に決めています。固定金利は、その期間に応じて、長期金利を参考に決めています。長期金利と言ってもいろいろありますが、多くの人に参考にされているのが「10年国債利回り」です。

国債は政府の借金で、債券を発行して民間からお金を借りています。満期までの期間は、2年、5年、10年、20年といろいろあり、毎月のように発行されています。その中でも、発行されたばかりの10年満期の国債の〝利回り〟が、長期金利の目安として多くの金融機関で金利を決める参考にされています。債券は固定金利ですので、その金利自体は発行時から変わりません。しかしいったん発行されると、この国債は市場で売買されますので、毎日のように価格が変動します。その価格を元に実際の金利を計算したものが利回りです。債券の価格が上昇すると利回りは低くなり、価格が下落すると利回りは高くなります。ちなみに、直近発行された国債(371回債)は、固定金利は0.4%なのですが、価格が97.67円(100.00円で発行されている)となっており、少し値下がりしています。そのため、利回りは0.650%となっています。

 

話がそれてしまいましたが、次は住宅ローンの変動金利の決まり方です。変動金利は短期プライムレートを参考に決めています。短期プライムレートは、優良企業に1年以内の期間で融資する際の金利で、短期金融市場の動向で決まります。短期金融市場にもいろいろな金利がありますが、その中でも指標とされているのが、「無担保コール翌日物」の金利です。これは金融機関同士で、1日の貸し借りを無担保で行う際の金利です。日本銀行の影響を強く受けますので、日銀が誘導して決まっていると言っても過言ではないでしょう。8月3日時点では▲0.070%で、マイナス金利となっています。

 

かつて、日本銀行のサイトにはこんなことが書かれていました。

「日本銀行は短期金利を調整することはできますが、長期金利を調整することはできません」

長期金利は、債券の売買で債券価格が変動することで利回りが決まります。日本銀行は原則として長期間の債券の売買はしていませんでしたので、長期金利を調整することはできない、というのです。日本銀行ができる金融政策は、あくまで短期金利の調整だけで、それを通じて長期金利に影響を与えることはできたとしても、日銀が長期金利を直接調整することはできない、と言っていました。

ところが、黒田氏が日銀総裁になり、〝異次元緩和〟を導入すると状況が変わりました。日本銀行が長期間の国債を売買して、長期金利を調整し始めたのです。(サイトに記載してあった上記の解説は削除しました。)金利を低く抑えるには、国債を買い上げて〝利回り〟が低くなるようにします。日本銀行が決めた水準以上に金利が上がらないようにするには、国債が安く売りに出されたら、すべて買い占めてしまい、価格が下がらないようにします。なにせ日本銀行はお金を作ることができますから、購入資金に限度はありません。そうやって、日本銀行は長らく、長期金利が上昇するのを防いでいました。

日本銀行の〝異次元緩和〟は、①マイナス金利 と、②イールドカーブ・コントロール の2つ作戦です。①マイナス金利は、短期金利をマイナスにすることで、②イールドカーブ・コントロールは長期金利を一定水準(当初は0%近辺としていました)以上に上がらないように抑えることです。どちらも、それまでは中央銀行の金融政策では行われなかった、異次元の手法です。

それまでの通説を覆して低金利を実現してきましたが、異次元の手法ですので、弊害も指摘されています。本来は、国は民間から借金をしなければならないのに、今では国債の半分以上を日本銀行が保有しています。日本銀行による国債の保有割合は、昨年(2022年)に50%を超え、直近では53%にまで上昇しています。政府も国債が売れ残る心配がなく、コロナ禍もあり、借金が安易に膨らんでいます。

 

日本銀行は、①マイナス金利については依然として維持しているものの、②イールドカーブ・コントロールについては少しずつ見直しを始めています。0%近辺としていた金利の許容範囲を、0.25%とし、昨年12月に0.5%、そしてこの7月に1.0%とすることにしました。それを受けて、国債の価格は下落し、直近の利回りは0.65%まで上昇しています。住宅ローンの金利にも影響は広がっており、長期の固定金利では8月に適用金利を引き上げる動きが出ています。

 

なぜ、日本銀行は長期金利の上昇を容認するようにしたのでしょうか? 1つは国内の景気が回復基調にあり、民間での資金需要が回復しているからです。資金需要が回復する(お金を借りたいという企業が増える)と、金利が上昇するのは自然なことです。2つ目には、先ほど述べましたように、日本銀行が国債を大量に保有することの弊害が指摘されるようになってきたことです。3つ目には、物価上昇率が3%になるなど、国内でもインフレの傾向が出てきたことです。

では、なぜ短期金利はマイナスを維持して、引き上げないのでしょうか? 日本銀行はまだ金融緩和を続ける必要があると見ているからです。今ここで金利が大きく上昇してしまうと、せっかく回復基調にある景気が再び落ち込んでしまうことを心配しています。また、最近は物価上昇率が、日銀が目標としている2%を超えていますが、あくまで一時的なもので、再び低下すると見ているようです。このあたりは、4月に日銀総裁になった植田氏の見方でもあるようです。さらに、賃金があまり上昇していないことも理由として挙げています。日本銀行は、「賃金の上昇を伴う形で」物価が上昇することを目指しています。ただ、日本銀行には労働者の賃金を引き上げるような政策を持っていません。できることと言えば、物価が上がるようにすることだけです。賃金の上昇までを目標にすると、かなり物価が上昇するまで金融緩和を続けるということにもなりかねません。

日本銀行の現在のスタンスを見る限りでは、長期金利(住宅ローンでは固定金利)はある程度上昇するものの、短期金利(住宅ローンでは変動金利)は上昇する心配はなさそうです。固定金利が上昇すると、これから固定金利でローンを組みたいという人にはデメリットですが、すでにローンを組んでいる人には影響はありません。

 

一方のアメリカでは、物価の上昇とともに金利も上昇しています。アメリカでもコロナ禍で経済がストップし、一時は恐慌に陥るのではないかと懸念されました。政府は大幅な財政支出で支え、中央銀行に相当するFRB(連邦準備理事会)は金利を大幅に引き下げました。その後、景気が過熱してくると、急に物価の上昇が激しくなってきました。2021年2月の時点では、前年比上昇率で1.7%だったのが、1年後の2022年2月には7.9%にも上昇しました。当初FRBは、物価上昇は一時的なものだと看過していましたので、低金利政策を続けていました(FFレートで0.25%)が、2022年3月からあわてて金利を引き上げていきました。11回の引き上げで今年の7月には5.5%となっています。FFレートは、アメリカの代表的な短期金利で、FRBの金融政策で調整されています。1年数か月で5%以上も上昇しており、物価上昇が激しくなると、中央銀行の調整で短期金利が急激に上昇することがよくわかります。

日本でも同じことが起きるとは限りませんが、可能性がないわけではありません。一時は9.1%も上昇したアメリカの物価上昇率は、最近は落ち着いてきて3%台になっています。日本の物価上昇率がそれを超えるという状況になっています。もし日本で物価の上昇がさらに激しさを増した場合は、日本銀行はインフレの抑制に舵を切ることになります。その時は日本銀行が調整しやすい短期金利の引き上げを行うかもしれません。すると変動金利が上昇することになるでしょう。現在、変動金利で住宅ローンを組んでいる人は、その可能性がどの程度かはともかく、もし金利が上昇した場合に備えておく必要があるでしょう。

2023.8.15記

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